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508 中国で「国策CPU」の計画が頓挫の件(TD-SCDMAの近未来かも)

中国が国策で開発していた独自CPU開発計画が、事実上敗北宣言をしたのではないかというニュースです。

校正不足で投稿しますがご容赦ください。


◆まずはARMの説明から

中国の国策技術の一つが白旗を揚げることになりました。

中国国産CPU「龍芯」戦略“失敗”、実質的な敗北宣言
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0618&f=it_0618_001.shtml

米ミップス・テクノロジーズ(MIPS)は17日、中国国産CPU「龍芯」の開発者・中国科学院計算技術研究所との間でMIPS32とMIPS64の権利供与に関して合意に達したと発表した。

これが実際に何を意味するか解るためには「MIPSって何」ということを理解する必要がありますので、まずその説明をしたいと思います。

その説明のための説明(おい)として、ちょっと長い寄り道になりますが、MIPS に似た存在である ARM についての説明を経由して説明したいと思います。このブログでこれまで話題にしてきたものから説明したほうがわかりやすいだろうということで。

ARMは携帯電話などの消費電力が厳しい世界で広く使われているCPUです。現在モバイル世界に攻めてきたインテルと戦っているCPUです。

ARMにはインテルと根本的に違う点があります。基本的にインテルのCPUはインテル自身が設計製造しています、しかしARMは「ARM社」はCPUの設計を行っているだけで、基本的に製造は行っていません。

では携帯電話に使われている「ARM」は誰が作っているの?というのが以下の説明です。

ARM社は他社に「CPUの基本設計」を他社にライセンスすることだけを行っています。

他社はそれを用いて実際の用途に合わせた「実際に生産するチップ」の設計図を作ります。その際にはARM社以外からの「設計図」と組み合わせて、複合的な機能を持っている専用チップにすることも出来ます。完成品を買ってくるしかないインテルとはこのあたりが違います。

設計した後も自社で生産をするとは限りません(自社で作らないほうが多いでしょう)。設計図面を「製造専門の会社」に「こういう設計図のチップを○万個製造してください」と発注して作ってもらう、というような分業がなされています。

ARMが広く使われているのは、こうやってその製品専用のチップが作れてしまうことにもあります。低消費電力で高性能でありつつ、用途に特化した無駄がないチップが作れるためです。

ちなみにiPhoneのCPUも、こういう次第にてAppleがiPhone専用に設計して量産されています。

なお、設計図面だけを受け取って製造を請け負う会社のことをファウンダリと呼びます。台湾が得意な分野です。

なお蛇足ですが、日本は困ったことになっており、

・国産CPUはいろいろ作られてきたものの、ARM社のような存在になったものはない
・世界的に通用するファウンダリが日本にない

ということになっています。

これで単に日本に技術力が無いだけなら簡単な話なのですが、日本は技術力で大きく遅れているわけではない、というところが悩ましいところです。

つまり、SH-MobileがARMのように世界を席巻している可能性や、日本が世界から半導体製造を一手に引き受けている未来が実現していた可能性もあるにはあったのです。

◆MIPS社

ARMと同じように、CPUの設計図だけ売っている大手が他にもあります。それが今回のニュースに出てくる「MIPS社」です。

MIPSが採用されている製品の例としては、プレイステーション(の1と2)、NINTENDO64などがあります。

プレステ用のCPUはプレステ用に専用設計されており、製造は東芝が行っています。つまり、MIPS社はCPUの基本設計をライセンスし、それを用いて東芝とソニーが専用CPUを設計し、製造は東芝が行っています。

では、もう一度ニュースを引用して、「意味」を理解してみましょう。

米ミップス・テクノロジーズ(MIPS)は17日、中国国産CPU「龍芯」の開発者・中国科学院計算技術研究所との間でMIPS32とMIPS64の権利供与に関して合意に達したと発表した。

中国の国策CPUである「龍芯」を開発していたところが、なぜだか MIPS社 から設計のライセンスを受けたというニュースということがわかります。

中国の本来の目標は、独自開発したCPUを作る、というものでした。

それが独自CPUの開発を行っていたはずの当事者が「MIPS」のライセンスを買ってしまった、というのがこのニュースです。

MIPSを中国独自にカスタマイズすれば、一応「独自」ではあります。しかしそれを「完全に独自」と名乗るにはちょっと無理があります。同じ理屈を用いると、プレステのCPUは「東芝の作った日本独自のCPU」という事になってしまいます。

確かに「微妙」な部分もあるにはあります。例えばプレステ2のCPUは、MIPS社の提供したものをそのまま使ったというよりは日本で新たに価値を与えられた感じがありますが、しかし東芝がインテルと同等の仕事をしたとみなしたり、日本独自のCPUとは言い難いと思います。

ちょっと無理がある比喩にも思えますが、

ドコモを倒そうとして基地局を整備していたが、その自前の携帯電話網を放棄して、他社からMVNOして対抗することにした、ようにも思えます。

そして『龍芯』とは、「放棄した自前の携帯電話網」を指す単語だったはずです。

MVNOでオリジナルのサービスと全く異なるサービスを作ることは可能です。ですが、本来中国が目指していたのは「インテルの代わりになる国産のもの」でした。これではインテルを倒そうとすることになるのかどうか。

#「インテルを倒せ」は、実際に『龍芯』開発におけるスローガン


記事には以下のようにあります、

中国現地の半導体専門家によれば、「『龍芯』が発展するには、単独でMIPSと契約するのが唯一の出口だった」として、今回の提携に前向きなコメントを発していると同時に、「これは中国の『自主知的財産権』におけるCPU技術取得の戦略的失敗を意味する」とも指摘している。

MIPSベースで高性能なCPUを作る話がどうなのかはともかく、とりあえず、これまで『龍芯』と呼ばれていたものは、もう終わったのではないかと思います。

「国家の意思」が技術的現実の前に頓挫したという結末になったようです。


◆これまで

日本では『龍芯』はあまり大きな話題になっていないので、大きな動きもなく消えてしまった話なのではないかと思えたりするかもしれません。でも、結構本気での開発がされていました。

開発自体は20世紀から10年以上続いているはずですし、研究室で試行錯誤している段階で終わった話でもありません。

例えば2007年の春のニュース

中国のCPUとインテルのFabとの微妙な関係
http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/0704/12/news027.html

中国産CPU「龍芯2E」を搭載したデスクトップPCが最近になってリリースされた。PC以外でも、シンクライアントや、サーバ、POS端末などで龍芯2Eを搭載した製品が発表されている。龍芯2E搭載PCをリリースしたメーカーのひとつ「龍夢科技」は、「1000台限定」「価格1599元」ですでに完売したという。それを信じるならば「順風満帆」の出だしといえるだろう。
中国科学院は龍芯2Eを「2006年の10大科学技術成果」に認定している。なお、ここで認定された“10大科学技術成果”でIT関連は「龍芯2E」だけ。

どうでしょうか、話だけ、机の上だけで消えた話ではないのです。

製品まで作られて中国国内に売り込みがなされていた、ということです。TD-SCDMAで例えるなら、基地局整備と端末開発もなされ、サービスインをしたところまで行ったということです。

なお中国人の反応はTD-SCDMAなどに対する反応と見事に同じのようです、

ニュース系Webサイトで紹介された龍芯記事のコメント欄には「中国産だから応援する」「中国のアップルになれ」という書き込みが並ぶが、「俺は買うぜ」という言葉は確認できなかった。

中国が独自に作ったものだと聞いたら熱く応援はするものの、個人として買うか買わないかの話になるととたんに冷静になって誰も買わない、といういつものパターンです。


【中国】中国産 CPU 搭載「龍芯電脳」、年末に欧州市場進出(2007年9月18日 16:00)
http://japan.internet.com/finanews/20070918/26.html

中国が独自開発した CPU「龍芯(Loongson)」の重要な提携パートナーである藍迪科技はこのほど、この CPU 搭載の「龍芯電脳」(龍芯盒子とも称す)が、年末に欧州市場で発売開始されることを明らかにした。

藍迪科技の王剛総経理によると、この「龍芯電脳」は世界第5位の半導体ベンダであるスイスの「ST マイクロエレクトロニクス(ST)」とフランスの Linux 大手「Mandriva」が提携し、欧州市場への進出を図るという。販売価格は100ドル前後になる予定。

ST は今年3月、3,000万元を出資し中国産 CPU「龍芯2E(Godsun-2E)」の製造及び全世界における5年間の販売権を買収、欧州市場に進出する伏線を張っていた。

3,000万元は(現時点で)4億円くらいなのではありますが、「確かに国策だった感」はわかる記事なのではないかと思います。

中国独自規格のCPU「龍芯2F」 100万枚の量産開始
http://www.cbm-ch.jp/china/news/post_841.html

世界に向けた大量生産の計画があったということもわかります。

なお、当事者はこういう釈明をなさっている模様。

中国科学院 龍芯の戦略失敗における質疑に回答
http://opensourcechina.blog92.fc2.com/blog-entry-200.html

中国科学院コンピュータセンター所長の李国杰院士,龍芯研究チーム長の胡O武氏は昨日関連する質疑に応え、龍芯の研究開発はすべて独自のもので、コア技術は外部の制限を受けず、MIPSアーキテクチャのライセンスを購入したことは龍芯の自主的財産権には何の影響ないもないと語った。

「何の影響ない」んだそうです。


◆TD-SCDMA

強大な力で国策を推進するとなるとかなりの迫力はありますが、でも無理なものはやっぱり無理なこともある、というのが『龍芯』の結論ではないかと思います。

さてそうなると気になるのが、似た状況にも見えてしまう「TD-SCDMA」の今後です。

もし中国が今回の『龍芯』と同じ方法で携帯電話技術の「つじつまあわせ」をするとしたら、TD-LTEを他技術のカスタマイズ版にすることになります(TD-SCDMAへの他技術の移植はもう難しそうですから)。

・LTEのTDDなもののどれか
・モバイルWiMAX
・802.20
・XGP

以上がTDDで次世代なものになります。ただ、TD-LTEのことを考える間もなくTD-SCDMAが全部をご破算にしたら、次世代などどうでも良いことでしょうけど。

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コメント

中国におけるTDD技術の推進団体「TD産業協会(TDIA)」と「YRP研究開発推進協会」および「XGPフォーラム」との間のTDD技術交流に関する覚書締結について
http://www.willcom-inc.com/ja/corporate/press/2009/06/25/index.html

またもブログ主さんの予言がが!

投稿: . | 2009/06/26 02:37

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