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524 クアルコムCEO曰く:「HSPA+もLTEもそんな変わらない」

ちょっと前のニュースからになるのですが、クアルコムのCEOが興味深いことをいろいろと言っていることについて少し。


◆HSPA+もLTEも大して差が無い

ちょっと前、半年くらい前のニュースについての話になって申し訳ないのですが、クアルコムのCEOがいろいろと興味深い発言をなさっているので、今更ながら記事にしてみたいと思います。

「モバイルの高速化は限界に近づいている」,Qualcomm社のCEOに聞く
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080903/157393/

このインタビューに答えている人は、クアルコムのCEO(ボス)のPaul E.Jacobsさんです。この人は公然とモバイルWiMAXをこき下ろしていた人でもあります。

では、順番に引用して記事を書いてゆくことにします、

ユーザー・スループットを向上させる無線リンクの改善は既に,限界に近いところまで来ていると思う。これは,HSPA+(いわゆるHSPA Evolution)とLTEを比較して見るとわかりやすい。両者の無線リンクを比較すると,周波数利用効率の差がわずかに10%程度に過ぎない。この程度の向上幅は,ほとんど雑音に埋もれてしまいそうなほど小さい。

つまり、HSPA+(既存の第三世代の発展系)とLTE(次世代)の間には大した差は無いという発言です。

「限界に近いところまで来ている」というのは、通信速度がすでに理論的な速度向上の限界(シャノンの限界)の手前まで来ているので大した差は出ないという意味です。

理論的な速度限界は
・帯域幅が広ければ広いほど
・通信経路でノイズが少ないほど
向上します。

帯域幅については帯域を沢山使えば帯域幅に比例して速度が出るというだけのことで、当たり前の話です。「ノイズ」については基地局と携帯端末との距離があるため、現実問題としてある程度のノイズがあることは避けられません。

ノイズが無い環境だってあるかもしれないじゃないか、と思う人もいるかもしれません。でも、(とっても簡単に言うと)地球自体がノイズを発生していますから、人為的なノイズを全部取り除いても、ノイズの海の中で通信しなければならない事情は変らないのです。

実際の環境ではある程度のノイズ混じりになる、という前提において理論速度限界に近い速度がもう出てしまっているので、これ以上劇的な向上はありませんよ、というのがこの発言の趣旨のはずです。

なお、基地局に超近い場合にはノイズが極端に少なくなりますから、理論速度限界も一気に上がります。「新技術ではものすごい速度が出ました」というのは、そういう限定された状況で速度が出るだけの話をしている事があります。

ちなみに、「有線接続でのデモ」というのはこういう意味においてかなりインチキであることもわかります。無線とはノイズが飛び交う中でどうやって通信をするかという話なのに、事実上ノイズを無視できるような有線接続では、理論限界速度も何もあったものではないからです。

なお、次世代通信技術と呼ばれるものは基本的にOFDMAが用いられているのですが、

OFDMA自体は,決して高いパフォーマンスを約束するものではない。ビット単価がわずかに下がる程度にとどまる。

確かにたくさんの企業が,OFDMAの利用を声高に叫んでいる。しかしOFDMAの適用を喧伝する理由は,ほとんどビジネス的な理由や,アライアンスによる理由であって,技術的な理由に基づくものではない。技術的な意味では,LTEであろうとWiMAXであろうと,3Gのパフォーマンスをそれほど大きく超えるものではない。

一応、クアルコムもOFDMAを用いると性能が向上することは認めているようです。しかし、性能向上の幅はごく知れていると言っています。

「ビジネス的な理由や,アライアンスによる理由」というのはモバイルWiMAX陣営が好き放題言っていたのにクアルコムが(というかこの人が)激怒していた件と関係あるでしょう。

なお、クアルコムは「CDMA系技術の支配者」なので、クアルコムの発言はどうしてもCDMAひいきであることにはご注意ください。ただし、クアルコムはOFDMA世界においても無視できる存在ではないので、CDMAを延命させたいがために根も葉もないホラを吹いているわけではありません。

一部誇張がある可能性はあるにせよ、基本的に本当の事を仰っているはずです。

LTEになるとHSPA+を比べても帯域あたりの性能は向上するのは確かだが、劇的なものではないと。

#ただしクアルコムはHSDPAとLTEを比べているわけなく、HSPA+とLTEを比べている点に注意

◆「マイクロセル」が次の突破口である

CDMAでもOFDMAでもあまり差が無いとして、じゃあ次世代はどうやって速度向上を図ればよいのかという点について、「基地局を沢山作るしかない」という発言が出てきます。

もう一つの手法として,密度の濃い基地局の配置がある。基地局と端末を密接に近づけるというものだ。現在,盛んに議論されるようになってきたフェムトセルも,このようなコンセプトの一例である。

「密度の濃い基地局の配置」というのは何かというと、つまり「マイクロセル」ということです。

ただし通常基地局を高密度に配置する話ではなく、「フェムトセル」の話が続いています。フェムトセルには話が二種類ありますが、

・スポット的圏外を解消するための安価な簡易基地局
・トラフィックが多い地区で容量を増やすために用いるもの

ここでの「フェムトセル」は後者の容量増加が目的のフェムトセルの話題です。

ただ、この後者のフェムトセルは現状うまく作動しないという話が続けてあります。

ただし,マクロセルの基地局と同様の周波数にフェムトセル基地局を設置して使うと相互干渉が生じ,ネットワーク容量の減少を引き起こす可能性が高い。

これはもう致命的な結論です。なぜならば後者のフェムトセルは「容量を増やそうとした」ものであるにもかかわらず、「干渉が原因で容量の減少を引き起こす可能性が高い」というわけですから、導入する意味が全くありません。

これは日本におけるフェムトセル論議でAUが「干渉を発生させて大変な事になるからフェムトセル解禁に反対する」という意見を出していますが、つまりこういう事を解っていたからだと思われます。

ドコモはフェムトセルに限定付きで推進派ですが、よくよくドコモの発言を聞くと、ドコモのフェムトセルは「前者のフェムトセル」なのではないかと思われます。例えば、「地下道だけ圏外になっているのを解消するのに使いたい」(そのためだけに通常基地局を配置するとコストが合わない)なんていう発言がありましたが、これは前者のフェムトセルです。

つまりクアルコムの意見が正しいなら、現状で後者のフェムトセルを導入すると逆効果(通常の基地局の通信容量を削る効果のほうが大きい)なので導入してはいけないということになります。ただし、フェムトセル専用帯域を用意すれば話は別かもしれません(その場合でも「専用帯域」を普通の帯域として使った方が能率は良いかもしれない)。

我々はその影響を調査するために数年前,ノート・パソコン程度の大きさの基地局を作り,ホテルや家やオフィス・ビルに実際に設置して,フェムトセルとマクロセルを混在した場合のネットワークへの干渉の状況を調べた。結論としてやはり干渉があった。

クアルコムはアメリカで実験したはずですが、日本の都市部はアメリカよりも過酷な環境です。ですから、フェムトセル同士の干渉が原因で結果的に容量が低下するという笑えない結末、日本で発生する確率は高そうです。

なお、クアルコムとしては、

干渉を低減するには,フェムトセルとマクロセルの基地局が干渉を避けるために,お互いに情報をやりとりすることが必要だろう。

この干渉問題を解決するために、いわばフェムトセル改良版が必要になるだろうと発言をしています。このあたりの研究開発は既に行われて、クアルコムの新領土になっている可能性もあります。


◆ウィルコムとクアルコムの言っている事が同じである

面白いことクアルコムの見解、実はウィルコムのかねてからの主張ととても似ています。

・「通信速度の向上」はもう限界に近い
・基地局を沢山作るのが本当の未来
・従来技術で基地局を沢山作ろうとしたら基地局の干渉に苦しむ
・沢山配置するには干渉の除去がポイント

ウィルコムの場合は既に「基地局を無茶苦茶に配置しても干渉しない技術」を開発済みです。「干渉しない技術」はウィルコムによる「現行世代」のPHS改良版として日本を覆っていて現実になっています。開発どころか実証も終わってノウハウが蓄積された状態です。

OFDMA(第4世代)の上で、ウィルコムの「干渉しない技術」のノウハウを動かそうというのが「次世代PHS」です。もっとも、OFDMA上で(第2世代の)PHS由来のノウハウがそのまま使えるかどうかは解らないので、この点は様子を見る必要がありましょう(この点は真面目に心配なところ)。

つまり、クアルコムはCDMA系の技術で「干渉しない技術」を作ろうとしているようです。なお、

基地局が干渉を避けるために,お互いに情報をやりとりする

というのは、ウィルコムの基地局同士も行っています。PHSでは基地局同士が情報を交換し干渉しないように互いに帯域を譲り合うようにできています。干渉前提で隣の基地局からの余計な電波(ノイズ)は自分の基地局の電波で吹き飛ばす式とは違う方法です。

クアルコムでは

具体的には,相互干渉の軽減や,ユーザー端末ごとの送信出力マネージメント,あるいはどの基地局にどうやってアクセスするかをきちんと制御するといった用件が含まれる。

というような事をするようです。シンプルな方法で干渉対策をとっているPHSと異なり、手の込んだ方法になっているのかもしれません。

また「干渉問題が解決した場合」に、どれくらいの性能向上が図られるかについては、

我々の調査では,これによって8倍くらい,ユーザー当たりのスループットを向上できるとわかった。振り返って考えると「8倍の向上」は,携帯電話の方式がアナログからデジタルに変わったときと同じくらいだ。これは本当にエキサイティングな事実だと思う。

フェムトセルの干渉問題が解決して、フェムトセルを沢山配る事ができるようになれば、「8倍くらい」の容量の向上が見込まれるとの事です。つまり、おおよそ桁が一つ違う改善になるだろうと。


OFDMAといった無線リンクの技術だけでなく,その周囲のシステム特性を向上させる技術のほうが,重要性は高い。次世代移動体通信技術には,違うアプローチをとるべきというのが私の持論だ。

「無線リンクの技術」では理論限界に近い速度まで来てしまっているが、システムでの改善を行えばまだまだ速度は上がるという発言です。

基地局単体での速度向上には限界があるので、「基地局の群れ」で実効速度の向上を図るべきだ、というウィルコムの発言と同種のものだといえます。


◆その他の発言

この記事ではUMBは確かに劣勢だがまだ諦めていない的な発言がありますが、これは「半年前」の記事なのでクアルコムがギブアップをする前だからです。この時点で既にLTEが主流になってもクアルコムはLTEに関わってゆくという発言があります。

またLTEの次、つまり「本当の第4世代」についても

――ITU-Rはいよいよ来年から,次世代移動体通信システム「IMT-Advanced」の提案募集を開始する。LTEは,その候補技術のベースの一つになりそうだ。Qualcomm社はどのように関わる予定なのか?

Jacobs氏 当社は,IMT-Advancedの標準化には,非常にアクティブに関わるつもりだ。とても強い関心を持っている。先ほど述べたような,ネットワーク・コンフィギュレーションような技術を,どんどん提案していくつもりである。

第4世代技術では「LTE改良版」の陣営に、「非常にアクティブに関わるつもり」だそうで、そして「干渉除去技術」のようなものをどんどん提案していくつもりだそうです。

他には、LTE陣営のパテントプール(特許を共有するようなもの)に参加する気が無いということも言っています。


◆次世代通信を本当に高速化するには

なお、この記事ではLTEで速度を出す方向の話が無いので少し補足しておきましょう。

最初に書いたように「ノイズが少ない状態」つまり「基地局と端末の距離が近くてノイズや干渉が無い状態」では、理論的な速度の限界も上昇し、結果的に実際に高速通信ができる可能性が上がる事になります。

これは例えるならば、48MのADSLと12MのADSLは、電話局からの距離が遠ければあまり速度の差が無いが、電話局から近ければ速度の差がぐっと出るのと同じような事が起こると思ってください。

ドコモが現在やたらと基地局を作っていますが、これはもしかしたらLTEに置き換えた時に本当の性能を出すための布石かもしれません。上記のたとえ話だと電話局が密にあるほうがADSLの実効速度は出やすいですよね?

また、

・基地局の数で実効速度を稼ごうとした場合も
・理論的な速度の限界を上昇させる作戦を取ろうとした場合も

どちらにしても結局は「基地局を沢山作る」のが今後の流れだということもわかります。ただし「実効性能を追求した場合は」ですが(違う戦略も考えられますから)。

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コメント

とても興味深い発言ですね。
学生時代に体験学習でデジタル携帯電話同士の通話がありました
目の前にいる相手なのに音がものすごく遅れた事を覚えています。
教授の説明によると
 1)光に比べて、電波や音波の移動速度は遅い
 2)端末の処理能力
 3)覚えてないけどその他いろいろ言ってた
対策は基地局との距離を短くするって言われたことを思い出しました
この記事を読んで3.9Gや4Gに対してXGPは互角以上に戦える
って想いがより強くなりました

投稿: おーくてぃ | 2009/03/23 08:26

パテントウォール(特許の壁)で無敵の武装をしたクアルコム様がカーライルからウィルコムを買い取ることができないかしら。
http://www.geocities.co.jp/Outdoors/8093/qualcomm.htm
金はあるズラ~

投稿: デトロイトクアルコムシティ | 2009/03/23 12:46

通信技術の次のトレンドは、基地局の高密度配置によって
1)端末と基地局の距離を縮めてノイズを少なくして通信速度を上げる
2)一つの基地局のセル範囲を縮めることによって、周波数の繰り返し利用を促進し
 一人当たりが使える帯域を増やして通信速度を上げる
なのかもしれませんね。

ドコモの都市部での基地局数増への投資なんかは、こういったトレンドに沿っているのかもしれません。

投稿: 匿名 | 2009/03/23 22:37

「無線リンクの改善は既に,限界に近い」
これはちょっと違うと思います。
シャノン限界以上にピークデータレートを向上させる技術としてはMIMO(空間多重)が主に検討されています。また実効スループットを向上させる技術してbeamformingが検討されています。
技術的にCDMAとかOFDMAとかの領域でないので、そういう発言になっているのでしょうかね。

「干渉しない技術」
セルエッジのスループットを向上させる技術としては主に;
- interference cordination
- co-operative MIMO
が検討されています。
前者は基地局間で無線リソースを調整して干渉を抑制します。後者は複数の基地局から同じ信号を送信することで干渉を無くしスループットを向上させるものです。いずれの技術も基地局間で通信を行い連係して動作します。
フェムトセルなど基地局の数を増やしていくトレンドなので「干渉しない技術」は重要性が高くなって行くと思います。

投稿: vtr1000f | 2009/03/24 15:53

Sprintが走り続けています
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090326/327195/
同社が第4世代(4G)ネットワークと位置付けるモバイルWiMAXサービスの提供地域を増やし,2009年中に10都市,2010年に5都市追加すると発表した。

4Gだったのか。

投稿: | 2009/03/26 21:56

MIMOが効かなければ差異がない、ということでしょうか。

どこでもWiFi系の本当の価値は
MIMOなアンテナを外部化できる、というところかもしれぬ

投稿: | 2009/03/31 21:45

金武町 丸ごとPHS網 ウィルコムと協定/防災・医療・基地情報送る
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-04-10-M_1-001-1_004.html?PSID=0c7ef481b238f65dbdd8de3515d4c623
>こうした自治体ぐるみの通信サービスは全国初という。大都市部とのデジタルデバイド(情報格差)解消に向けた取り組みとして注目されそうだ。

こういうのを地域WiMAX涙目、というのかな。

投稿: | 2009/04/10 20:24

自律分散制御とアダプティブアレイのノウハウ目当てでドコモがウィルコム買ってくれないかなーw
ドコモなら自力で楽勝か..........

投稿: sy | 2009/04/18 20:18

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