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656 ソフトバンクの4万6000基地局公約と、武士の情け

しばらく間があいてしまいました。

旬を逃してしまいましたが、しばらく前に話題だった件について書いてみたいと思います。


◆ぶっちゃける

以前から、ソフトバンクの自称基地局数は怪しいのだという話はありましたが、とうとう関係者がそれを認める発言をしてしまいました。

基地局4万6000局達成の裏に苦労あり!
孫社長を支えるソフトバンクモバイル宮川潤一CTO
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20080422/1009741/

宮川氏:「とりあえず、形だけ作らなくてはならない。10月にMNPがあるのはわかっており、MNPまでには何とかしたい。そこで、『なんちゃって基地局』で良いから早く作れと指示をした。 鉄塔をつくろうとするから時間もかかるし、手こずってしまう。そこで、コンクリートポールを建てまくった。電柱の用地交渉は簡単で、この場所だけをかしてくれといってOKがもらえればいい。こうすると、工事開始してから設置まで1カ月かからない。

これまでも、
・他キャリアでは基地局にカウントしていないものがカウントされている
・本格的基地局が少なく、簡易(非力)な基地局が多い
ということが言われていましたが、それを認める発言ですね。

ちなみに、他社が鉄塔を建てているのにはちゃんと理由があります。そうしないと電波が飛ばないからです。コン柱で済むのなら、他社も安上がりなコン柱で済ませているはずです。必要も無いのに鉄塔を建てているわけではありません。

なにしろマイクロセルなウィルコムですら、コン柱よりも高さを稼ぐ事の出来る「鋼管柱」の基地局を作る傾向があります。

ただし、すでに公然の事実に等しくなっていることでもありますから、特に驚きは無いというのも事実ではないかと思います。関係者が認めた、というのが新しい展開ですが。

そして、これもやはりというかですが、「そういうことは何も知らないで始めてしまいました」という発言もあります。

宮川氏:「やってみると難しい。こんなに無線が難しいとは思わなかった。こんなに難しいなら、モバイルをやりたいなんて言わなければよかった(笑)。

少しでも解っていれば、4万6000局の目標をぶち上げたりは出来なかったはずです。実際、多くの人が孫社長の目標発表がなされた時点で無理な目標だと思っていたような次第ですから。


◆経緯を振り返る

その前に、読者の方が全員この問題の経緯について詳しくないでしょうから、簡単に経緯を振り返ってみる事にします。

まず事の始まりは、ドコモがとんでもない基地局整備計画を打ち出した事でした。

ドコモの恐るべき2006年度の計画
・2006年度にはおよそ一兆円を使って怒涛の基地局整備を行う
・これでFOMAのエリアの不評を一掃したい
・基地局数は4万5000基地局まで増やす

この件については当時記事にした記憶があります。そして、このニュースの(当初の)最大のポイントは「信じられないほどの予算を使って、ドコモが全力でエリア整備する」という事実でした。

#そして2Ghz帯というのはとてもお金がかかる、ということでもありましょう

ここ数年でFOMAは随分と圏外になりにくくなりましたが、その第一歩がこの怒涛の設備投資でもありました。

ここで終わりならば、さすがドコモだな、ということで話は終わっていたはずですが、これに孫社長がとんでもない話をかぶせてしまいました。

孫社長のとんでもない公約
・2006年度末までに、ドコモの基地局数を上回る4万6000基地局を達成する
・数年後には10万を超える
しかも、2006年度頭での既存の基地局数がすでにドコモとは違いました。ドコモのほうが数が多かったのです。スソフトバンクのこの公約は「一年で基地局数を倍増する」という公約でした。さらには、ドコモは基礎的なエリア整備は済んでおり、穴を埋めている状態でした。ソフトバンクは、基礎的なエリア整備がまだの状態でした(こちらの方が作業的に大変)。その他、予算面でもドコモの資金力が圧倒している状態でした。その上、基地局を作る業者は「全力ドコモ」が全力で確保している状態でした。

そして結果は(案の定)こういう事になってしまいました。
・ソフトバンクは、結局2006年度末の基地局数で3万にすら届かなかった。
・ドコモは4万5000どころか、嫌味のごとく4万6000を達成した
・ドコモは引き続いて2007年度について5万7000の達成を公約し、結果として5万7000を軽く超える数の基地局を作ってしまった

ソフトバンクは数ヵ月後に「数ヶ月遅れたけれども4万6000を達成した」という発表を行いました。しかし、この時点での実質的な基地局数は三万を少し超えた程度でした。現時点(2008年5月)でも実質的な基地局数は3万5000程度であると思われます。

しかし何故4万6000であると言い張れたかというと、
・他キャリアでは基地局としてカウントしない設備をソフトバンクでは基地局としてカウントした
ということによります。

さらには、先の記事でも明らかになったように、ソフトバンクが急造した基地局はドコモに比べて質の低いものでした。無理に数を確保するために、本来必要な何かが犠牲になっている可能性があります。


◆武士の情け

私は、2006年度中、つまりソフトバンクの公約達成に向けての期間が進行中の段階では、「無理じゃないですか」ということを記事にしていました。ソフトバンクだけに既存キャリアではできないようなこともやってくれるとも思ったのですが、それを考えてもあまりに目標が彼方にあると思いました。

ただ、この件(46000未達成)に関しては同情の余地もあるなと思っていました。

まず、ボーダフォンを買収したばかりの孫社長が、「基地局を作らないといけない」ということを重要な目標とした点については評価出来るとも思えています。少なくとも、エリア整備の予算をケチって喜んでいたボーダフォンとはえらい違いです。

今となっては、孫社長がその後に4万6000を言い出してしまったので、ドコモの公約も有名になっていますが、その当時はドコモの4万5000の公約はあまり知られていない情報でしたから、そもそも孫社長がドコモの目標そのものを知らなくても不思議ではありませんでした。

しかし、すでに書いたように、結果としての目標は無茶苦茶でした。

「無理を通す」のがソフトバンク流だったのかもしれませんが、世の中には無理が通る場合とそうではない場合があります。また、無意味に派手な話にしてしまったというのも、いかにもソフトバンクです。

私は4万6000の話を聞いた時点で、気持ちや意気込みは解らなくもないけれども、これは決定的に間違っている目標設定であり、そしてその「間違い方」はどうしようもなくソフトバンク自体の欠点を如実に示しているなと思いました。そして、次に気にすべき事は

・孫社長はどの時点で間違いに気がつくか
・「達成できない公約」をどうやって処理するか

ということではないかと思って眺めていました。

そして順調に基地局建設は滞り、次に、最初の志(強固なインフラ)はどこへやらで「単なる数合わせ」の作業への堕落が始まりました、記事に書いてある「なんちゃって基地局」の建設の開始です。そして、その数合わせを駆使しても目標には全く届きませんでした。

最終的には、「他社では基地局ではないもの」を基地局のカウントに入れるという、これもソフトバンク的な手法で「達成できない公約」の問題は始末がつけられました。

最善策は、「最初からアホな公約をしないこと」でした。しかし、公約してしまった以上はそれを何とかしなければなりません。他キャリアならば間違いを認めて謝り、正しい目標に目標設定を変更することも可能だったはずですが、ソフトバンクの自転車の部分がそれを困難にします。

・間違いを認める:自転車的にピンチを招く
・数合わせを続ける:役に立たない基地局に予算が浪費されつづける

結果のところ、「4万6000達成宣言」というのは以下のようなものになったのではないでしょうか。

・実質的には撤退宣言:「解っている人」には間違いを認めた形となった、プラス材料
・真実が解らない人には、ウソの「プラス材料」を与えた。

正直なところ私の意見としては「これ以上無理な数合わせを続けて無為に予算を消費する」よりも「インチキ目標はインチキカウントで達成したことにしてうやむやにする」というのも仕方の無いところであり、諸般の事情を考えるとこれは「武士の情け」をかけるべきではないかとすら思った次第です。

ちなみに、ソフトバンクにはここ数年でエリア的も改善がありましたが、これは「ボーダフォン自体にもともと計画されていたが、遅らされ気味だったエリア整備計画」が同時進行したからではないかとも思われます。つまり、余計な無茶は何もしなくてもそれで十分だったのかもしれません。むろん、急造した基地局がすべて無駄になっているというような事までは言いませんが。


◆教訓

孫社長の目標実現を押し付けられて基地局建設で苦しんだこの人は、同時にネットワーク容量の厳しさについても苦しんでいるようです。まず、ソフトバンクが24時間定額をしていない件について、

今のネットワークでは難しいというのが正直なところ。営業部門も孫社長もユーザーのことを考えると「解放してくれ」というが、僕の目の黒いうちは『No!』だと思っている。

同じく、PC定額についても無理であるという発言をしています。

宮川氏:「まさに社内で僕一人が『やだー!』って言い続けてる張本人。そのクレームはみんな僕のところに来ている。営業部門もみんなやりたがっている。特に旧日本テレコム(現ソフトバンクテレコム)がいるので、法人のアカウントマネージャーたちは『どうして、おまえのところはやらないんだ』と言われている。 データユーザーを一人満足してもらおうとすると、ホワイトプランを使っている通常ユーザーの何人分にも相当するトラフィックになる。計り知れない破壊力なんです。 音声定額という領域に踏み込んだので、『ひとつとったので、何かを諦めてくれ』と。そうじゃなかったら、ドコモと同じだけの資金が必要になるぞと。これは僕の経営ポリシーなんですけど。 既存のユーザーに迷惑をかけるようなPC向け通信データカードの定額化は喜んで踏み込みたくない。今、ユーザーがいないネットワークなら、実験でやってもいい。定額のサンプリングをしてみたが、うちの貧弱なネットワークで両方を獲りに行くのは難しい。 せっかく、ホワイトプランで会社の特色をつくれたので、このまま走っていくべきだと感じている。 音声定額制を明日から従量制に戻すというのなら、パソコン向け定額制にも踏み込めますが、両方を取りにいくよりも、マスの多い方を獲りに行くのがうちがやるべきかと思う」

私は孫社長がこの人の意見をしっかり聞いてあげていることを願うばかりです。

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶといいますが、経験は最良の教師でもあります。少なくとも、経験した事からすら学べないのでは話になりません。

私の根拠の無い予想によると、24時間定額やPC定額どころか、「ホワイトプランの維持」すら困難なのではないかと思います。ホワイトプラン率は増えるばかりであり、しばらく前の記事から書いているように、第二世代の巻き取り(つまり第三世代への流入)もしなければならないからです。しかも、ソフトバンクにはお金が無いわけでありまして、怒涛の設備投資で解決を図るわけにも行きません。

さらに引用をすると、

4万6000局を達成した日からはユーザーのクレームの解析チームをつくった。クレームにもいろいろな種類がある。『そろそろ直してね』という優しいものもあれば、『どうしてくれるんだ』という解約予備軍、反対に暖かいクレームもある。それらを細かく分析して、ユーザーにフィードバックできる仕組み作りをしている。

これは別に特別な事ではなくて、普通の携帯電話会社が普通に行っている事そのままのはずです。最初から「この方式だけ」でやっておけばよかったですね。


◆今後の不安

ちなみに今は、急造した基地局網の「ネットワークの調整」を行っているそうです。普通は、きちんと計画してから基地局をつくるわけですが、勢いで作ってしまってからそれを何とかしようとなさっているようです。

「意外と大丈夫だった」のか、「撤去した方がまし」な基地局ばっかりになっているのかは解りませんが、「調整」をしているという事は、すっかり大丈夫だったという事では無いということでしょう。

ちょっと気になるのは「フェムトセル」です。ソフトバンクはフェムトセル急進派(どんどんバラ撒いて設置してしまえ)ですが、ドコモやAUやフェムトセルを無意味に設置させると電波的な崩壊を招くという心配をしており、慎重な意見を出しています。ソフトバンクの意見は上位二社とは違うというわけです。

きちんと検討してのフェムトセル急進派であるに違いないと思いたいのですが、4万6000騒動をみるにつけ、「実は何も考えていない」ということも考えられます。

破滅を招くフェムトセルの使い方を「画期的な使い方」であるというウソ情報をつかまされていて(誰かを専門家として送り込むとか)、自滅させられるなんてことも考えられなくもありません。

ホワイトプラン化の進行と第二世代巻取りで混雑でピンチになったところに切り札として投入したはずフェムトセルがソフトバンクを崩壊させる、なんてことが無い事を祈りたいと思います。

ふたを開けてみると、ばら撒きフェムトセルは非常に素晴らしい可能性もあると思いますし、問題があったとしてもたいしたことにはならないとは思うのですが。ただ、悪い方の可能性を考えると、安易なフェムトセルはちょっと心配だったりします。

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コメント

ttp://tedm.sbibusiness.com/
基地局のはなしは結構前に副しゃちょーさんもみとめてますよね

投稿: | 2008/05/06 19:01

副社長はいい人なんだと思うます。

ttp://tedm.sbibusiness.com/2008/05/4g.html

・4Gの目標として、「ピークデータレートを上げる」ことのみを考えるのは誤り
「更なるデータの高速化」よりも、むしろ「安定した通信リンクの確保」

・セルの小型化は、無数のセルエッジ(セルとセルとの境界線)を作ること
3G(特にHSPA)の難敵である「セルエッジ問題」を、至るところで発生させてしまう

・「ソフトバンクにはどんな秘密兵器があるの?」

投稿: TT | 2008/05/11 13:38

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