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2004年12月の4件の記事

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夕方に買い物に出かけようとしたら、雨が降ってきてしまっていました。
ので、どうしようかと考え、麦ご飯を土鍋で炊いてみることにした。

大麦1(米粒麦):白米2くらいで麦を多めに混ぜて、水を50%くらい多めにして土鍋に入れ、数時間水につけました。そのあと、土鍋をコンロにおき、火加減を調整しながら出来上がるのを待った。土鍋でご飯を炊くのは初めてではないのですが、毎回どうにも火加減が思ったとおりに出来ません。
目標としている手順は、
・最初は熱を弱めにするのだけれど、土鍋なので鍋自体の熱容量に配慮して多少強めにする。
・そのあと土鍋があったまるのにあわせて火を弱める。
・沸騰したらそれ以降は弱火にする。
・水蒸気がでなくなったら火を消してしばらく蒸らす。
なのですが、
・最初の火加減を強めにしてしまってかなり短い時間で沸騰させてしまう(予定外)
・沸騰した時に噴いて周りを汚してしまう(予定外)
・火をいったん消しても噴くのが止まらないのでいったんフタをずらす(予定外)
・その後弱火でしばらく置き(まあOK)
・水蒸気が出なくなったら火を消してしばらく蒸らす(まあOK)。
とフタを開けるのが不安な作業目標達成状況となりました。

ですが、フタを開けてみるとちゃんと出来ていました。麦ご飯はめったに食べないのどれくらい上出来なのかまではわかりませんが。
麦ご飯(麦大め)さっぱりした味で、なかなかおいしいものでした。多少「おこげ」が出来ていて、それもこそげ落として食べました。おいしかった。
また作ろうと思いました。今度はもっと上手くやるつもりです。

今日はそれ以外は普通の事しませんでした。

今日が私のために役にたちますように。
明日が、より意味のある日でありますように。

ではまた明日。

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なんとなく玄米を買ってきてあったので、玄米を炊いて食べてみました。

思い付きで炊くことにしたので、ほとんど吸水させずにいきなり炊いてしまいます。
炊くのが難しいという話は聞いていましたが、炊飯器の玄米モードにお任せで炊くと普通に炊き上がっています。炊飯時間はちょっと長かったようですが、それだけでした。
味も嫌いではないです。
何となく玄米で納豆ご飯を作って食べてみましたが、白米よりもおいしい気がしました。
昔の人は、白いご飯を三度三度食べたい、とか思ったそうですが、そんなに白米にこだわらなくてもと思いました。これは時々食べる事になりそうです。

あとは部屋の整理とか、いつもよりかなり多めに寝たりとか。
最近どうも疲れているので、週末もたぶん寝てばかりになると思います。

今日はそれ以外は普通の事しませんでした。

今日が私のために役にたちますように。
明日が、より意味のある日でありますように。

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歯医者に行った。
もう何回も通院しています。
悪い虫歯になると、なかなか治すのも時間がかかるようです。
定期検診、早期治療を今後は心がけたいところです。喉もと過ぎれば・・とはならないことを祈るばかり。

食料品に切れているものがあったので買い物をした。

Dreamweaverを久しぶりに起動して、ちょっと使ってみた。
適当なウェブサイトならもう以前のように作れるようになったようなのですが、作り始めると見た目がそれなりに綺麗にととのって楽に使えるテンプレートを作ろうとし始めてしまい、そのうちに時間がなくなりました。

あとは本を少し読んでいました。

 

今日はそれ以外は普通の事しかしなかった。

あんまりいろんなことは出来なかったけど、今日が私のために役にたちますように。
明日が、より意味のある日でありますように。

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単なる思い付きで、長い距離を歩いてみようとふと思った。
大昔よく走っていた道を延々あるいてみることにした、その道のり6キロ。普段の生活ではあまり通らない方向だから、実に久しぶりになる。

長いこと風景は何も変わっていなかったのだけれど、この数年で新しい建物がたくさん出来たり、いろんな工事があったり、いろんなものが閉鎖されてなくなったりしていて、半分は懐かしく、半分は新鮮な気分がする。

道路が大規模に掘り返されていると思ったら、歩道整備工事と書いてあって二車線の車道を一車線にする工事をしているらしい。その分当然歩道は広くなって綺麗になるのだろうけど、でもここは人通りが少なくて危ない方が問題だと思えるから意義がわからない。
工事はいろんな作業を平行して行っているようで、二車線のうち一車線をガードレールでふさいで、一車線分のアスファルトを剥がしつつ、新しい車道と歩道の分離帯を作りつつ、新しい歩道を作りつつ、街路樹を植える・・と、歩いているうちに工事のいろんな完成段階を目にする事が出来た。まるで道路工事の最初から最後までを連続展示してあるかのような眺め。
一番楽しかったのは、新しい歩道部分はほとんど完成しているけれど、アスファルトを貼る前の状態のところ。土の歩道のようになっていて、土の地面の感触と色彩が楽しかった。どうせならアスファルトを張らずに全部こんな感じにして欲しいと思うけれど、雨が降ったらどろどろになるからそうもいってられないのだろう。でも、もうすぐこの上をアスファルトが覆うのだと思うとちょっと寂しい。この歩道を楽しめるのはあと少しだけ。

あちこちに知らないマンションが建っていて、違和感を感じる。昔よく通ったはずの道が何か違うと思ってよく考えると、昔なかった道が出来ている。よく考えて思い出さないと以前とは違うことは解らないんだけど、それでも人間はいろんな事を覚えているものだと思う、私は昔と今が違うことをちゃんと知っているらしい。
昔ピカピカのできたての道路だったり、出来たての駐車場だったり、出来立ての建物だったりするものも、よく見るとみんなもう新しくない。でも私にはそれらはまだ新しくて素敵なはずのものとして思えてしまう、でも良く見るとやはり新しくは無い。知らない間に時間は経っている。
目の前にあるものは新しくない、でも新しくて輝いていたころの記憶が重なって見える。最初は私の記憶を今にあわせようとしたけれど、でももう一度考えてみた。世の中のものは最初はみんな新しくて輝いていたのだろう。だから、古びてしまったものを古びてしまったものとしてしか見れない事の方が本当は不幸なんじゃないだろうか。ならば、他のいろいろなものもこうやって見てあげないといけないんだろう。
何かを見るときには、今ある姿の向こうに、かつてあった姿を重ねて想像することにしよう。

ただただ歩く。
なんとなく走りたくなる。昔はここは歩くところではなかったから、歩くなと言っているのだろうか。ちょっと走ってみる、でもすぐ息が上がってしまう。でも走っている間は心地よい、あるべきことをしている感じがする。でもイメージの中のようには走りつづけられない。走らなくなってから長い間立っているから。
走ってみては歩いてみたりしているうちに、走っているときの爽快感がやってきた。大して走っていないのに。これだけちょっと走っただけで気分が良くなるとは、昔よりも随分経済的になったものだと思って笑う。時間が取れれば、また走る習慣を取り戻しても良いかもしれないと思う。

その後もえんえんと歩く。
見慣れているような見慣れていないような風景を眺めながら、どんどん歩く。
距離が進んでゆくうちに、昔のコースになんとなく記憶が慣れてくる。次に出てくる景色がだんだん当然のように思えてくる。
昔から変わってない建物を見ていても、昔は気がつかなかったことを思うようになっていることがある。昔は知っていたけれど忘れてしまったことをもう一度発見しているのか、あるいはいろんな事が昔より良く解るようになったからなのか。

昔に何回か言った事のあるプールが取り壊されていて、取り壊しがほとんど終わりかけていた。プールがあった面影はどこにもないが、平らになった地面に建設重機が置いてある眺めをみながら、なんとなくあるはずものがなくなったんだなあ思う。

もう少しで自宅につく。
道路をカタカタした変なエンジン音を響かせた車が通り過ぎてゆく。
バス停で女の子が一人でバスを待っている。

自宅に帰ってご飯を造って食べる。
ご飯を食べ終わってから、歩いてきた事をもう一度思い出してみる。
行ってよかったと思った。

今日はそれ以外は普通の事しかしなかった。

あんまりいろんなことは出来なかったけど、今日が私のために役にたちますように。
明日が、より意味のある日でありますように。

また明日

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